『ふみ国経由 邪馬台国行き―「方位」「距離」「日数」の謎は解けた』

												松尾 定行


 陳寿が倭に送った(にちがいない)使者の足どりを、次のように私は推定しました。 ■洛陽→帯方郡→韓国→狗邪韓国→対海国(対馬市)→一大国(宇久町)→末盧国(糸島市)   →伊都国(宗像市・福津市)→奴国(北九州市)→不彌国(下関市)→邪馬台国(宇佐市)  ここまで帯方郡より万二千余里。 ■邪馬台国(宇佐市)→ 投馬国(西都市)  邪馬台国滞在日数を含み、不彌国より水行二十日。 ■投馬国(西都市)→(山川町)  投馬国滞在日数を含み、水行十日。 ■(山川町)→ 狗奴国(鹿児島市)→(隼人町)→(湧水町)→(伊佐市)→(水俣市)→  (八代市)→(甲佐町)→(菊陽町)→(阿蘇市)→(小国町)→(玖珠町)→ 邪馬台国(宇佐市)  指宿市山川町より邪馬台国(宇佐市)まで陸行一月。  以上の結論に、私は平成二十六年十一月初めに達しました。 「倭人伝」が残した「方位」の謎については、以下のような答えを出しました。   ――たとえば「不彌国より南して投馬国へ至る」は「不彌国の南に投馬国がある」というのではなく、  「不彌国の港より、南へ向かって出帆する」という意味。  「出帆した後、針路を東へ変えたり、北へ変えたり、ときに逆風に押されて西へ後退したりしているが、  それらの詳細は省略」したのです。  「東南に陸行して伊都国に到る」についても、「末盧国の東南に伊都国がある」というのではなく、  「東南へ向かって末盧国を出発する」という意味。したがって「倭人伝」に「方位のゆがみはない」と私は  考えます。「方位」の問題に以上のような答えを出す限り「邪馬台国=大和」説も成り立つわけですが、  「距離」「日数」に照らせば瀬戸内海を航行して畿内の手前で陸にあがり奈良盆地へ至ることはできません。  「倭人伝」に見える「里数」は、松本清張が『漢書・西域伝』の記述を証拠として『邪馬台国 清張通史①』  (講談社文庫)でいうとおり「理念的な数字」だと私も思います。「邪馬台国まで万二千余里」が初めにありき   ――ですね。「洛陽起点にできないのは、ちとしゃくだが、帯方郡~狗邪韓国の数字をすこしいじれば帯方郡起   点にできる。まあいいか」と陳寿はつぶやいたのでしょう。   使者が報告した「里数」は絶対的な数字ではなく、国と国の間隔を以下のように相対的に表す数字になっていました。  「帯方郡~邪馬台国 万二千余里 = 12余」と換算したとき「帯方郡~(7余)~狗邪韓国~(1余)~ 対海国~(1余)  ~一大国~(1余)~末盧国~(0・5)~伊都国~(0・1)~奴国~(0・1)~不彌国~(1)~邪馬台国」で、このうち  「帯方郡~(7余)~狗邪韓国」が陳寿の創作です。  次に「日数」ですが、いかに古代とはいえ、倭の幹線交通路が「陸行一月」もかかるような「けもの道」ばかりでは、  諸国の首長を一ヵ所に招集して「卑弥呼共立・停戦協定会議」など開けたはずがありません。  陳寿が『三国志』執筆にとりかかったとされる280年頃といえば、梯儁や張政が倭へ派遣されてから早三〇~四〇年  が過ぎていました。「倭の西端や南の様子をつまびらかにしてほしい」といいわたして陳寿は使者をあらためて派遣せざる  を得なかった――と私は考えます。  不彌国以下の「水行二十日、水行十日陸行一月」は、その特派使者の旅程を表す大雑把な数字であったのです。陳寿は  労をねぎらう意味をこめてそのまま「倭人伝」に採用しました。特別な旅の行程を距離で表す必要はありませんでした。  なお、奴国は今の北九州市と春日市に分かれていました。奴国の港湾都市として、伊都国が両者にはさまれて今の宗像  市・福津市にあり、官副は東の奴国で仕事をしていたので、特派使者は西の奴国をパスしました。西の奴国は飛び地だっ  たのです。「旁国」のなかに奴国が顔を出すことも、これで、説明がつきます。  倭と半島・大陸との交流は「沖ノ島路」が主たる航路になっていました。直線で結ばれた狗邪韓国~沖ノ島~宗像大社  辺津宮を進む航路です(通常、対馬に寄港)。末盧国~壱岐~対馬の航路は倭より半島を目ざす船の一部がたどった付属的  な道筋だったのです。  私は、荒尾南遺跡(岐阜県大垣市)より出土した大型壺に描かれていた船の線刻画から、三世紀に倭~半島・大陸を行  き来した使者・商人の乗り物は帆船であったと推定します。  宮崎県西都市に比定する投馬国は、邪馬台国(大分県宇佐市)より南に位置するという点については、簡潔を宗とする 「倭人伝」が、例外に対する但し書きを省略したのですね。  周知のように「倭人伝」では、不彌国が重要なターニングポイントになっています。私の邪馬台国論は、不彌国を今の  下関市に比定した点が大きな特色です。下関の旧市内は、たいへん坂の多い町です。三〇を超える低い丘が連なり、重  なり、東から南にかけて関門海峡、西に響灘を望みます。実は、この丘のすべてが、古代においては島だった――とい  う事実を、瞬時に倍率が変わる地理院地図の凝視によって私は発見しました。  神功皇后が「荒魂」を鎮祭された由緒正しい住吉神社は、新下関駅(JR西日本)より南東へ約1キロ。この辺りから  西の海辺の綾羅木と呼ばれる地域まで沖積平野と洪積台地が細長くのびています。その洪積台地の西端に綾羅木郷遺跡と  下関市立考古博物館。  綾羅木郷遺跡は、日本で初めて土笛が発掘された遺跡として聞こえるほか、約一〇〇〇基にもおよぶ貯蔵穴(幅、深さ  とも2メートルほど)が発見され、その貯蔵穴から、おびただしい数の土器が出土した、注目すべき史跡です。  今の沖積平野には海の水が満ち、洪積台地には、国際幹線航路を行きかう帆船に水や食料を補給するための港湾施設が  設けられていた……。貯蔵穴内の土器は交易の品を保管するためにもつかわれた……。  住吉神社、新下関駅、市立考古博物館をランドマークとする一帯は、古代の遺跡と古墳の宝庫です。東京国立博物館が  遺物の一部を保存しています。  使者を乗せた船、商人を乗せた船は「海の国 = うみ国 =ふみ国」の港より、南へ向かって出帆したのです。  このような明確な存在理由をもつ国でなければ、不彌国は隣国で大国の奴国や伊都国に吸収されていたでしょう。「倭人  伝」に名を残すことはなかったはずです。  以上、長年にわたり難問中の難問とされてきた「方位」「距離」「日数」の3次元連立方程式に、私は答えを出しました。  くさばの陰で陳寿が「私のしかけた悪戯に多くの人が惑わされたようだけど、やっと解けましたね」と笑っているような  気がします。 ◆参考図書・資料  『まぼろしの邪馬臺國』      宮﨑康平 著 (講談社)      1980年4刷4  『まぼろしの邪馬台国』        宮崎康平 著 (講談社)      1974年29刷  『神々のふるさと』 宮﨑康平 著 (講談社)      1981年  『魏志倭人伝の謎を解く』     渡邉義浩 著 (中公新書) 2012年  『倭国』             岡田英弘 著 (中公新書) 2012年36版  『激変! 日本古代史』      足立倫行 著 (朝日新書) 2010年  『研究最前線 邪馬台国 いま、何が、どこまで言えるのか』(朝日選書) 2011年  『ここまでわかった! 邪馬台国』 (新人物文庫) 2011年  『邪馬台国論争』 佐伯有清 著 (岩波新書) 2011年5刷  『邪馬台国への道』          安本美典 著 (筑摩書房)     1967年  『新版・卑弥呼の謎』 安本美典 著 (講談社現代新書) 1988年  『古代年代輪が解く邪馬台国の謎』 安本美典 著 (勉誠出版) 2013年  『邪馬台国をとらえなおす』 大塚初重 著 (講談社現代新書) 2012年  『古代史おさらい帖』 森 浩一 著 (ちくま学芸文庫) 2011年  『卑弥呼』 富来 隆 著 (学生社) 1969年  『邪馬台国の研究』 重松明久 著 (白陵社) 1969年  『邪馬台国宇佐説を立証する』 中野 定 著  1970年  『邪馬台国の所在とゆくえ』 久保 泉 著 (中央公論事業出版) 1970年  『邪馬台国と豊王国』 安藤輝国 著 (浪速社) 1973年2刷  『邪馬台国は大和でない』        市村其三郎著(新人物往来社)    1973年  『古代国東文化の謎』          中野幡能 著 (新人物往来社)    1974年  『伝説で解く邪馬台国』        神西秀憲 著 (新人物往来社)   1975年  『気候の語る日本の歴史』 山本武夫 著(そしえて)  1976年  『邪馬台国の秘密』 高木彬光 著 (東京文藝社)    1976年  『古代日本の航海術』         茂在寅男 著 (小学館) 1979年  『深き誓いの邪馬台国』 高橋ちえこ著(葺書房) 1981年  『宇佐邪馬台国』 高橋ちえこ著(葺書房) 1984年  『『魏志・倭人伝』旅程記事の「分離式読み方」の提唱』  伊勢久信 著  1984年  『卑弥呼伝説』   井沢元彦 著 (実業之日本社) 1991年  『邪馬台国への行程』 平塚弘之 著 (日本国書刊行会) 1993年  『卑弥呼と宇佐王国』         清輔道生 著 (彩流社)      1995年  『邪馬台国の位置と日本国家の起源』 鷲﨑弘朋 著 (新人物往来社) 1996年  『邪馬台国はどこにあったか』 久保田穣 著 (プレジデント社) 1997年  『邪馬台国に都した倭王卑弥呼』    近藤 勝 著 (文芸社) 2001年  『陸行水行』 松本清張 著 (文藝春秋社)    1962年  『邪馬台国 清張通史①』 松本清張 著 (講談社文庫) 2013年31刷  『古代幻視』 梅原 猛 著 (文藝春秋)  『日輪』 横光利一 著 (春陽堂) 1924年  『邪馬台国 中国人はこう読む』    謝 銘仁 著 (立風書房) 1987年3刷  『邪馬台国と地域王国』        門脇禎二 著 (吉川弘文館)   2008年  『秘められた邪馬台国』 八尋秀喜 著 (梓書院) 2012年5刷  『道中記 卑弥呼の都 邪馬台国』 八尋秀喜 著 (風詠社) 2013年4刷  『邪馬台国の数学と歴史学』 半沢英一 著 (ビレッジプレス) 2011年  『邪馬台国時代のツクシとヤマト』奈良県香芝市二上山博物館 編(学生社) 2006年  『卑弥呼の墓』 原田大六 著 (六興出版)  1977年  『海からみた卑弥呼女王の時代』 道家庫之助著(歴研)       2007年  『日本の古代3 海をこえての交流』    (中央公論社) 1986年  『海人の伝統』                 (中央公論社)    1987年  『海と列島文化3 玄界灘の島々』 (小学館)  『海と列島文化9 瀬戸内の海人文化』 (小学館)  『日本航海術史』 飯田嘉郎 著(原書房) 1980年   『古代日本の軍事航海史 上巻』 松枝正根 著(かや書房) 1993年  『魏志倭人伝の航海術と邪馬台国』 遠沢 葆 著(成山堂) 2003年  『道が語る日本古代史』        近江俊秀 著(朝日選書)     2012年  『日本の名著 25 新井白石』 (中央公論社)  『復古神道』 井上哲次郎 / 上田萬年 監修 (大日本文庫刊行会) 1936年  「歴史読本 昭和五十九年九月号」        (新人物往来社)   1984年  「季刊 邪馬台国95号」        安本美典 編(梓書院)      2007年  「週刊 神社紀行15 宗像大社」 (学習研究社)    2003年  『古代史謎解き紀行Ⅲ 九州邪馬台国編』  関 裕二 著(新潮文庫)     2014年  『邪馬台国 魏使が歩いた道』 丸山雍成 著(吉川弘文館) 2009年  『桜島は知っていた 別冊① 元祖邪馬台国への道』 江口さくら著(高城書房) 2013年  『魏志倭人伝二〇〇〇字に謎はない』 相見英咲 著(講談社)      2002年  『邪馬台国と「鉄の道」』 小路田直泰 著(洋泉社歴史新書)  2011年  『邪馬台国が見えてきた』 武光 誠 著(ちくま新書) 2000年  『一冊でわかる古事記』        武光 誠 著(平凡社新書)    2012年  『日本書紀 上』            宇治谷孟 著(講談社学術文庫)  1996年18刷  『豊後国風土記 肥前国風土記』 (山川出版社)    2012年3刷  『角川地名大辞典 29奈良県 / 同26京都府 / 同27大阪府 / 同28兵庫県 / 同35山口県    / 同40福岡県 / 同42長崎県 / 同 44大分県 / 同 45宮崎県 / 同46鹿児島県』(角川書店)1978年~  『日本歴史地名大系41 福岡県の地名 / 同45大分県の地名』(平凡社)  『渤海国』 上田 雄 著(講談社学術文庫)  2012年6刷  『遣唐使全航海』 上田 雄 著(草思社) 2006年  「日本の帆船史 遣唐使船時代」    古柴保之 著(月刊新自由クラブ) 1984年  『遣唐使の光芒』 森 公章 著(角川選書) 2010年  『下関市史』 (下関市)      1964年~  「弥生の装い」 (下関市立考古博物館)1999年  「倭人、文字と出会う」 (下関市立考古博物館)2000年  「東アジアのなかの下関――近世下関の対外交渉」 (下関市立長府博物館)1996年  「海港都市下関――海峡・海道・街道」 (下関市立長府博物館)2002年  『関門海峡』 古川 薫 著(新日本教育出版) 1993年  『関門海峡渡船史』          澤 忠宏 著(梓書房) 2004年  『北九州市史』                 (北九州市) 1985年~  『アクロス福岡文化誌1 街道と宿場町』(アクロス福岡文化誌編纂委員会)2007年2刷  『宗像市史』 (宗像市) 1999年  「温故 第51号 / 同 第52号」         (甘木歴史資料館)  2012年~  「大分県立歴史博物館 総合案内」 (大分県立歴史博物館)2014年3版  「室津と参勤交代」 (たつの市教育委員会)2006年  『北前船』 (読売新聞北陸支社) 1997年  『海の総合商社 北前船』 加藤貞仁 著(無明舎出版) 2003年  『日本海の商船 北前船とそのふる里』 牧野隆信 著(加賀市まちづくり課文化振興室)  「加賀市の船絵馬」                (加賀市教育委員会)2013年  「引札の世界 北前船がもたらした華麗なる広告チラシ」 (加賀市教育委員会)2012年2版  『江戸の「邪馬台国」』 安本美典 著 (柏書房)     1991年  『江戸時代の大阪海運』 (大阪市海運局) 1962年  「北前船と大阪」 (大阪市立博物館) 1983年  『江漢西遊日記』 司馬江漢 著 (東洋文庫)    2010年4刷  『韃靼漂流記』 園田一亀 編 (東洋文庫) 2008年  『日本の名著25 西域物語』      本多利明 著 (中央公論社) 1972年  『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』康 熙奉 著 (実業之日本社)2014年  『日本の近世 3 支配のしくみ / 同 7 身分と格式』(中央公論社) 1991年  『徳川幕府事典』 竹内 誠 編 (東京堂出版) 2003年  『海の国の記憶 五島列島』 杉山正明 著 (平凡社) 2015年  『船の世界史』 上野喜一郎著(舵社) 1980年  『小学館入門百科シリーズ 船なんでんも入門』    (小学館) 1980年  『和船1 / 同Ⅱ』 石井謙治 著 (法政大学出版局) 1995年  『万有ガイドシリーズ11 帆船』 (小学館) 1981年  『ビジュアルでわかる船と海運の話』 拓海広志 著 (成山堂書店) 2007年  『カラー図解 東洋医学 基本としくみ』 仙頭正四郎 監修(西東社) 2013年  『日本大百科全書』 (小学館) 1986年  『詳説 日本史』 (山川出版社)   2014年  『ジュニア・ワイド版 日本の歴史1』 (集英社)    1990年  『人物・遺産でさぐる日本の歴史② 大和の国の誕生』 (小峰書店)  『古墳をしらべる』 古川清行 監修・著(小峰書店)  『読む日本の歴史 1』 (あすなろ書房)  『日本鉄道名所7 山陰線 山陽線 予讃線 / 同8 鹿児島線 長崎線 日豊線』(小学館)1986年~ ▼書籍で、増刷の数字がないものは初版です。

最終更新 平成27年7月10日