系図解読マニアの系図から見えてくる『邪馬台国』

												米田喜彦


私の作った系図には、『三国史記』の王の名前も出てきます。それは、彼らが夫余の出身だからです。 そして、日本の皇族の先祖は、夫余の出身だろうと、私は考えているからです。 ①:「邪馬台国」は、九州北部のどこかである。(個人的には、耶馬渓の近くだろうと推測。) _:豊前風土記にいう、宮処(みやこ)の郡。・・・。おそらく天照大神の神京(みやこ)である。云々。 ②:「卑弥呼」は、独身で、子どもはいない。 ③:大平レポートによる、「黒速(饒速日尊)」は、半島にあった「辰国」の辰王(支所礼王:新羅婆娑王)である。 ④:神武天皇による、神武東征はなかった。実際に東征したのは、宇佐津臣命(ニニギ尊=逸聖尼師今)である。 _:「ニニギ尊」は、複数の人物が混在している。(風土記に出てくる「ニニギ尊」は、大彦命のことで、別人である。) ⑤:遂成(帥升)は、新羅脱解尼師今(=百済己婁王:77~128)である。(高句麗本紀では、次大王=遂成としている。) ⑥:神武天皇は、(遂成の子で)高句麗8代新大王(仇鄒角干=伯固:165~179)である。 ⑦:神武天皇の没後、手研耳命(伐休王:184~196)が即位したが、国人は納得せず、卑弥呼(記:日子八井命)を擁立した。 ⑧:手研耳命(伐休王)は、公孫氏と手を組んで、辰国を支配した。卑弥呼(伊夷模=日子八井命)は、九州北部に国を移した。 _:(三国志高句麗伝):伊夷模(卑弥呼)は、場所を移して新しい国(「邪馬台国」)を建てた。 ⑨:卑弥呼の倭国は、帯方郡の支配を受けたが、どちらかというと反「公孫氏」の立場であった。 ⑩:初代「卑弥呼」は、234年に「太后の于氏」として、薨去した。 ⑪:初代卑弥呼の同母弟「骨正=延優」の娘(小后=淳名城津媛=『天女』・189年生)。 _:その娘(后女=郊?=阿爾兮夫人・209年生)←:高句麗東川王(在位:227~248)←:いわゆる「卑弥呼」である。 _:その娘(光明夫人=然弗・224年生)←:高句麗中川王(在位:248~270) _:光明夫人には、女児がいなかったため、光明夫人の息子たちが、女王の後継ぎとして、「台与」を共立した。 ⑫:初代卑弥呼は、158年頃に生まれて、196年頃から234年まで、太后として、王・国相を指名し、王の后を承認してきた。 ⑬:卑弥呼の邪馬台国は、公孫氏が(238年に)倒れると、すぐに、帯方郡の(新しい太守)に使者を送った。 ⑭:邪馬台国の南(宮崎・熊本あたり)の狗奴国は、公孫氏に近い立場の国だったため、 _:魏の直轄領としての(新しい)帯方郡に対して反抗的であった。 ⑮:卑弥呼の死によって、新しい宮処(みやこ)が、作られた。(邪馬台国は、宮処ではなくなった。) (補足)<米田が使っている系図は、どんなものか。> ①:私は、系図解読マニアです。ベースに使っている系図集は、『古代豪族系図集覧』です。 _:その系図に、「記・紀」や「三国史記」などを加味して、自作(オリジナル)の系図を作っています。 ②:新羅本紀は、婆娑王・祇摩王・逸聖王・阿達羅王の在位の期間に問題があります。そこで、内礼夫人の続柄を中心にして、 _:私(米田)が、系図を作り直しました。さらに、『三国史記』を系図的に調べると、新羅本記と高句麗本紀が、微妙に _:重なることが分かりました。ですから、二つの史料を合体させています。ですから、私の系図の大半は、私のオリジナルです。 _:自作の系図の、もとになった史料は、三国史記の「新羅本紀」と「高句麗本紀」です。 ③:「沙乙那」(卑弥呼の祖母)をはじめとする、人物とその生没年は、「曲学の徒氏」(本名:桂川光和)さんの掲示板で、 _:HN「radio」氏が投稿してくれた「婆娑尼師今記」を年代は、2~3年ずらして、テキストに使っています。 _:この「婆娑尼師今記」は、何かと云いますと、「南堂朴昌和と彼の遺稿」の一部だろうと、推測しています。 _:この「南堂朴昌和と彼の遺稿」は、ニセモノ(贋作)ということになっています。HN「radio」氏が投稿してくれた、 _:ほかの王の年代記を調べると、つじつまの合わない処もあって、とても史料として使えるものではないのですが、不思議に、 _:この「婆娑尼師今記」だけは、妙に、詳しくて正確なのです。ですので、この「婆娑尼師今記」の部分だけを使っています。 _:ということで、細かい生没年と、10人くらいの人物については、この「婆娑尼師今記」から使っています。 ④:①・②・③だけでは、系図線がすべてが、埋まり(つながり)ませんでした。それで、「大平レポート」や _:「神話の系図」などを一部、利用しました。最後に若干、私の想像による系図線が、含まれています。 ⑤:自作の系図や色々な考察は、「曲学の徒氏」(本名:桂川光和)さんの掲示板(「邪馬台国掲示板」)で、 _:投稿・発表させていただいています。詳しくは、そちらをご覧下さい。 最終更新 平成26年6月19日